今日

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10月26日

スパ・ラクーアのベッドソファで目を覚ます。「おはようございます……現在の時刻は7:00です……」館内放送が時刻を知らせてくれた。

結局家に帰らなかったのだ。終電に乗ったはずのわたしの身体が自然とラクーアに向いてしまったのである。

今日はスタッフをしているイベントの日だった。準備はほぼ終えているので特にやることはない。会社には11:00くらいに行けば大丈夫だろう。

会社に着くと女の先輩に呼ばれた。

「私ね、君が現場に馴染むことが一番だ大切だと思うの。空気を読むっていうかさ。」

なんのことかと思ったら先日ヘルプで入った現場で弁当を食べてしまったことを非難しているらしい。誰も弁当を食べていない中で、ただのヘルプのお前がなんで食べているんだよ、ということだった。この件はさすがに自分が甘え過ぎたと思った。「肝に銘じます。本当にありがとうございます。」と言うと、先輩は「私は今月で辞めるけど、現場を支えてあげてね」と言い、にこっと笑った。自分に優しい人はこうしてどんどんいなくなる。

イベントの準備を始めたのは12:00くらいだった。同じくスタッフの、**さんという男の先輩が13:00ぐらいから来て二人で話しながら進めた。**さんは社内の人ではなく、上司が昔別の場所で仕事を一緒にしていた人だ。今はとあるテレビ局の報道番組を担当している。歳は一つ上だけど、大学を中退してこの仕事に入ったらしいのでもう3年ぐらいやっているとのことだった。

会社である程度準備をした後、会場へ向かう。わたしと**さんは比較的最近入ったので知らなかったが、かつてイベントはこの会場で多く開催していたらしい。店長と上司が親しげに昔話をしていた。

会場、といってもいわゆるライブハウスレストランみたいなやつだ。イベントの会費とは別に店内での注文が必須だ。

今日はドラフトの日だったので、イベント内でドラフトについて紹介することになっていた。**さんが表を作成している。わたしは手持ち無沙汰になり、養生テープで遊ぶなどしていた。

ドラフトはどんどん進む。清宮が日ハムに入り、巨人は社会人の捕手を獲得する。

「ふざけんな、どんな神経してたらそうなるんだよ!違うだろ!」

上司の怒鳴り声が聞こえる。彼は巨人ファンなのだ。

そんな感じで無為な時間をやり過ごした後、イベントが始まった。わたしの仕事はチケットをもぎり、指定された席番を伝えるというものだ。こう書くと単純な仕事のように見えるが、実際はかなりしんどい。前売り制なのでチケットを買った人のリストを基にこちらが座席を作成しているのだが、そのリストに載っていない客が現れるせいで座席の均衡がぽろぽろと崩れてしまうのだ。そうなるとパズルのように座席をまた組み直さなければならない。客は客でチケットを買ったのに席がないことになっているので怒り狂う。それがなんと毎回5,6回ある。

座席表を担当しているおじさんがひたすら客に謝りながら微調整を行う。でもそのおじさんの本職はキャスティングといって、芸能人にスケジュールを聞いたり、アテンド等を行う人なのだ。過去には*****という女性芸能人のマネージャーも務めていたらしい。そんなおじさんが何故、一般客の怒号を一身に受けなければならないのか。世の中はよくわからない。そしてそのおじさんは全く聖人では無いので、怒号を浴びせた客がいなくなった瞬間舌打ちをする。おじさんは本当にいい人だ。

 

イベントが終わる。一番ほっとする時間だ。それにこのイベントの後は毎回打ち上げをやっていて、会社の金でご飯が食べられる。

上司が「焼肉にするか!」と声をあげた。有名な市場の近くまで来て何故焼肉なんだ。それにさすがに2日連続で焼肉はこりごりだ。

**さんと私のちょっと落胆した表情を見逃さなかった上司は「やっぱりここまで来たから寿司にするか」と言ってくれた。

場外の中にある、24時間営業の寿司屋に入った。上司が訳知り顔で「ここはタバコ吸えるんだよ」などど言ったので、大将に灰皿をもらおうとしたら、「ここでタバコは辞めてください!」と店内に響くような大声を出された。

その後はよく覚えていない。とにかく上司がご機嫌でバカみたいなことを言っていたのは覚えている。上司もおじさんも**さんも、本当に楽しそうだった。わたしも楽しかった。

 

「あきえちゃん!耐えられそう?耐えられるよなあ?」

上司が肩に手を回しながら尋ねてきた。わたしは大声で笑った。今日が終わった。